保存動輪C11176(第3)

C11176動輪(第3) 北海道河東郡音更町 大通交通公園に保存(やまてつ様御提供)
従輪を両脇に配した立派なモニュメント風の台座に展示されている。

C11176

昭和15年(1940)川崎車輌製造(No2328)。新製配置後は関西の竜華区などで働きしばらくして北海道に渡る。静内〜苫小牧区などを歴任し48年に長万部区へ移動、函館本線の短区間や瀬棚線を最後の職場としたが最終的には釧路区へ移送されてそこで留置のうえ50年6月に廃車の通達を受ける。


※同機の動輪はすべて道内に保存されており、第1動輪は上士幌町の旧糠平駅跡鉄道公園(画像はこちら) に、第2動輪は広尾町の旧広尾駅前公園(画像はこちら)に保存展示されている。


エピソード1 兄弟機
同機の兄弟機のうち、弟の177号も竜華区でともに過ごしたのち、姫路を経て46年に渡道し主に苗穂区を中心に働いた履歴を持っている。道内では176号と顔を合わした接点は少ないだろうが176号の苗穂工場入場などの時に見かけた事もあったかもしれない。177号は廃車後、ナンバープレート(もしくは煙室扉)が道内浦臼町に保存展示されている。ただ一緒に展示されている動輪は兄弟ともに同僚であったC11274号のものである。詳しくはこちらへ


エピソード2 数奇な運命をたどったカマ・C11176号
(C11四方山話 北海道編より抜粋)
蒸気機関車の終焉も近い昭和50年(1975)3月、最後に残った道内のC11が7両(171・176・209・218・224・227・274)釧路局内(主に釧路区)に存在していた。
ほぼ近辺の無煙化も済み、まず218が保存のため大阪へ送られた。残りの6両も6月頃にみな廃車通達が出つつも保存の引き合いが相次いでいたため現車は274の解体(のち動輪保存〜後述)を除いてあちこちに残され、長いものでは廃車後4年間も保管という状態だった。その後残った5両のうち、結局4両が安住の地を見い出し予定通り保存された。
 なかでも227は大井川鐵道での動態保存となり、171は後年動態復原の幸運を引き当てている。 しかし唯一保存されなかった176号は、熊本県宇土市からの保存要請がありながら、さまざまな思惑に翻弄されて結局解体されてしまったのである。

 この不運なカマ・176であるが、さらにこの機関車は釧路以前に在籍していた長万部では(49―3―31現在)何と171・207と一緒に働いていたのである。ここでも176号にとって自分以外の2両はいまや動態保存機なのである。
 さらに176に関連して、同じ道内で働いていた4番違いの弟機・180の存在がある。 180のフランチャイズはもっぱら道南の長万部で、176が来る少し前まで所属していた。(48―3―31現在 171・180・188)180は48年夏に廃車されたので、いわば176は180の代わりに長万部に赴任したともいえる。そしてここから180の幸運が始まる。
 廃車された180は道内の大沼町での保存が予定されており、その後6年あまりも保管されていた(54―9頃まで)しかしこの保存は中止となり、180は176と同じ運命をたどるかに思われた。ところが何故か180は京都の梅小路機関区に送られ、多くの動態保存機に混じってしばらく解体待ちのような姿を晒していたが、最終的には京都府宇治市に再保存が決定したのである。

 同じ北海道でSL最終期まで働き、保存も予定されて長期間保管されながら、片方は解体、片方は紆余曲折を経て一旦中止になりながらも保存された4番違いの兄弟機に人生と同じような数奇な運命を思わずにはいられない。
 ちなみに176は180の保存地に近い関西の竜華区に在籍していたことがあり、まさに保存地宇治では180が176の代役を果たしているともいえる。そして176の幻の保存地だった熊本県宇土市は、現在大井川鐵道で動態保存されている190号がかつて保存されていた熊本県八代市にも近いのであった。 171・190・207とそれほど離れていない番号の兄弟はみな動態というこのうえない人(カマ)生に恵まれたのに比べ、意外な結末を迎えてしまった176号がもし言葉を発せられたら何を語ることであろうか・・・。
なお釧路の7両のC11のうち、最初に解体された274号の動輪とナンバープレートは北海道鉄道学園(当時)と浦臼町の郷土資料館に保管(展示)され、今も同僚の活躍を見つめている。


※上記の文の詳細はC11四方山話 北海道編(TADA様主宰「汽車・電車1971〜」内「八高ヤード」に掲載)の後半部分を御覧下さい。


リストその2へ リストその3へ リストその4へ   型式・番号順リストへ 保存動輪トップへ トップページへ  
『鉄・街・道』掲示板