保存動輪 C58263

C58263動輪 静岡県浜松市 三ヶ日体育館に保存 特別快速鉄様ご提供

C58の活躍した路線で有名な二俣線(現・天竜浜名湖鉄道)沿線の三ヶ日の体育館に保存されているC58の動輪


刻印ではC58263の第2動輪と読み取れる
説明板は動輪の由来というよりC58の説明と信号機のもの

※擦れていますが、立派な?案内看板もありますが、C58形式についてと動輪の横にある腕木式信号機に関するものでした。動輪のほうですが、C58 263と読め、第二動輪の刻印もあります。この機関車、二俣線に全くゆかりのないカマでしたが、掛川に保存されている49号機と同僚だったようです。(特別快速様)


現役時代のC58263

七尾線で朝の客車列車を牽く263号 昭和45年(1970)8月 津幡駅
同上 七尾区時代 金沢行の朝の上り列車
小浜線で貨物列車を牽く263号 昭和46年(1971)8月

C58263

昭和16年(1941)3月、川崎車輌製 製造No2483。新製配置は豊岡で宮津線などを中心に運用されたと思われる。戦後紀伊田辺へ移動し紀勢本線や和歌山線などを職場としたが、その後関東へ移り高崎一区にて八高線などでファンの視線を浴びた。45年10月の八高線無煙化を待たずに(45ー7ー19)同僚の202・212とともに七尾区へ転出し七尾線を走ったが、ここも約1年でC58の運用はなくなり(ふるさと列車の牽引を除く)、約一年後の昭和46年夏に再び高崎一以来の同僚202・212らとともに最後の職場となる敦賀第一区へ移動した。ここでの仕事は小浜・舞鶴線の客貨であり、宮津線の接続する西舞鶴にも立ち寄る事もあり263にとっては新製配置以来の「里帰り」ということにもなった。しかしこの小浜線もすでに46ー10で無煙化が決定しており、わずか数カ月の働きで263号も任を解かれる事になってしまった。 廃車後は202号とともに長野工場へ貸し渡しというかたちをとったが、昭和46年(1971)10月20日付けで用途廃止となり解体されその生涯を終えた。


エピソード
同機と同じく二俣線(現・天竜浜名湖鉄道)沿線に保存されているC5849号もかつて敦賀第一区に配置されていた「同僚」であるが、263号が七尾から転入した際に廃車となっており、かろうじて敦賀一区の庫で顔を合わせていたかもしれない。ただ一緒に小浜線などを走ったことがあったかどうかは不明である。(263号の敦賀第一転入日は46年4月から7月の間、49号の廃車日は46年8月19日)


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