興部駅跡に作られた『道の駅 おこっぺ』(アニュウ)の敷地内広場に展示されている。「ナンバープレートは真新しい文字でD51365とあるので後に複製?されたもののようです。動輪の刻印ははっきりせず365号のものかどうかは未確認です。」(やまてつ様)
D51365
昭和15年(1940)4月24日、日立製(製造番号1244)の量産(試作ー標準)型。新製と同時に追分に配属され室蘭本線などで働く。昭和20年には函館に移り、のち長万部に移動したが終始函館本線など道内の幹線で活躍し、北海道で生涯を終えたカマであった。廃車は昭和48年長万部区。
エピソード
同機の兄弟はもちろんD15の360番台のカマは1両も保存はされていないが、ふたつ下の弟機367号の動輪が同じ道内のJR北見駅南側に保存されている。365号のひとつ上の兄364号はあの昭和37年5月の三河島事故の当事者(機)として歴史に記録されており、また弟の366号は昭和23年にC6125号の種車となって早々にD51の籍から外れていった。
D51の動輪として面白いのはやはり道内に百番違いの同番号機の動輪も残っているということである。465号(追分町・由仁町)・467号(釧路駅前)で、さすが最後まで多くのD51が活躍した北海道ならではのものがある。