JR陸羽東線の岩出山と有備館駅の中間にある城山公園の途中の広場(駐車スペース風)の端に露天で展示されている。そのため、長年の風雪により老朽・破損が激しく状態がよくない。近年の整備もされてない模様。また展示スペースの関係かかなり道路の端にせり出していて、公式側は崖の上に鉄板を敷いたような場所からながめることになる。(ロープが貼ってあり入るのは危険らしい)大きな災害などがあったときは倒壊などの心配が気になる。
公式側。ギリギリロープの外から撮影。雪の積もっているところが鉄板の敷かれた通路のようになっているところ。シールドビーム前照灯と副灯の2灯が主流だった陸東のC58のなかで大型前照灯1灯を保っていたのが特徴。
説明板は新しく書き換えられたもののようだ。一部の空白はかつて「今日まで」の文字が入っていた。また「日本汽車製造株式会社」は表現が微妙。書き直し時にもう少し文章を考えたり空白部分をなくすなどの配慮がほしかった。
C58114
昭和14年(1939)2月、汽車会社製造、製造番号1694。主に関西地区に配属され、奈良ー紀伊田辺区などを移動、その後東北に移り宮古や仙台を経て小牛田にやってきた。そしてそのあとはずっと小牛田を離れず陸羽東線を職場として生涯を全う、昭和48年(1973)1月に廃車となった。
エピソード
同機のひとつ下の弟機・115号の動輪がJR九州大分運転所と高千穂線跡の夢見路公園に保存されている。またひとつ上の兄113号が京都府舞鶴に、その上の112号が志布志に、また5つ下の119号が北海道北見市にとC58の110番台は115の動輪の他4両もの保存機があることが特筆される。