JR中央本線塩尻駅の東にある塩尻市役所の敷地内に駅名標や腕木信号機などとともに保存されている。柵などはないが状態は良い。
説明板も簡潔ながら要点は押さえてある。しかしながら文中の誤記が若干気になるところ。(「42年2月」は「48年2月」が正しく、また「中央東線で活躍」の方が上諏訪時代にはふさわしい。)「D51type Steam Locomotive」の赤文字は最近書き加えられたようだ。
毎年のことなのであろうが、このD51には実にていねいな正月装飾が施されていた。きれいに磨かれた車体と煙質前面には日の丸・お飾り.注連縄そして両デフ前には門松が取り付けられ、一緒にお正月を祝おうという保存に携わる方々の暖かい気持ちが感じられて実に嬉しかった。幸せな保存機D51155が末永くこの地で保存されるよう切に願うものである。
昭和14年(1939)2月 日本車輌製(製造番号679)。米原区に新製配置され、戦前から戦後にかけて米原〜大垣と東海道本線の幹線機関区で働く。その後は上諏訪〜長野と信州を移動し中央本線・篠ノ井線などを職場とする。43年に周辺の無煙化で稲沢一区に移るが46年に中津川へ移動し最後は馴染みの信州・木曽路で過ごした。廃車は昭和48年2月3日。
同機は信州での配置が長かったため、担当の長野工場の影響で各所に「信州のD51」らしい装備が施されていた。長野工場型集煙装置・缶胴乗り越し手すり・B型重油併燃装置・運転室換気装置・エンドビームまでの白線(通称“白ヒゲ”)などが主なものであったが、一回稲沢に去った後の晩年の木曽路で再装備された集煙装置と換気装置が残っただけであった。また保存に際しては集煙装置は撤去されて煙突も短いままとなっている。
※主な配置履歴
昭和16年米原ー22年大垣ー23年大垣ー30年上諏訪ー32年上諏訪ー36年上諏訪ー41年長野ー42年長野ー43年長野ー45年稲沢一ー46年中津川ー47年中津川
エピソード
同機の兄弟機は前後とも解体されてしまっているが、二番下の兄弟機の157・158・159は連番で各地に静態保存されている幸運な兄弟達である。
※吉野富雄様の『五条川鉄道写真館』にも同機画像の詳細があります。ぜひこちらも御覧下さい。画像はこちら