保存 D51403 

D51403 滋賀県栗東市 手原SL公園に保存 平成30年(2018)10月

JR草津線の手原駅に近い公園に保存、屋根付きで定期的な整備もなされているよう

晩年の標準的な姿だがA型重油併燃装置が残り、逆に集煙装置(末期は鷹取工場製)が外されたため煙突が短くなっているのが異なる
 
動輪部 クロスヘッドが磨き出しされているので鈍く光っている キャブは製造所銘板がなく、整備の都度塗り直されているので厚塗りの状態(現在はまたきれいになっている)
公式側は公開時以外は柵の外から眺めるしか方法がない
文字が消えかかったためかケースで保護されている説明板 403の経歴より蒸気機関車の歴史や役割についての記述が中心
正面も柵が近くてヒキがないので外からでは全体の姿を収めるのは難しい
手原駅にあった403号保存の案内
保存地最寄りの草津線も現役時代に通い慣れた道だった。説明板にある「亀山区」に配置された経歴があるかは気になるが奈良運転所の所属の時も関西本線とともに草津線の運用に入ることもあっただろう

D51403
昭和15年(1940)3月、日本車輌製造(製造番号778)。直江津・新津・長岡など日本海沿岸の路線で活躍、その後長野に移動し信州のカマらしいスタイルになる。沿線の無煙化などで昭和40年代になり近畿地区に転出し紀伊田辺から奈良運転所へ、SLブームの中「加太越え」などでファンの被写体となる。昭和48年(1973)11月8日、奈良運転所にて廃車


エピソード
同機の長野時代の姿として、「蒸気機関車」46号(1976ー11月号)の「早春の妙高山麓」という記事の中で、信越本線(現・しなの鉄道線)柏原(現・黒姫)ー田口(現・妙高高原)を行く姿が掲載されている。長野工場型集煙装置・A型重油タンク・正面白ヒゲの長野スタイルである。撮影は昭和40年(1965ー3月)

幸運な番台
同機の前後の兄弟機(400番台)は保存車(動輪のみも含む)が多い。401が長野県須坂市の動物園に、402が長野県飯田市に、そのあとの403が滋賀県栗東市に、404の動輪が新潟県長岡市、405が千葉県松戸市、407の動輪が広島市の小学校に、408が神奈川県川崎市、409が滋賀県甲西町にと、400番台10両のうち半数以上の8両(うち動輪2)がその姿を現在に伝えている。


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