保存動輪 D51484 その3

D51484動輪(第3)埼玉県蓮田市 JR東北本線蓮田駅西口広場に保存

平成25年(2013)3月に115系電車の車輪とともに設置された
説明板:簡単な484号の履歴が記してあるが写真は残念ながら同機のものではない

写真は形態からすると東北本線でも活躍したC59のように見える

刻印ははっきりと484号の第3動輪とわかる
「株式会社アトレ」寄贈のプレート やはり新浦安のものを移設したのであろうか

ロータリー側から見る すっきりとした展示
隣には同線でもおなじみだった115系電車の車輪も展示してある

D51484

昭和15年(1940)3月12日、鉄道省小倉工場製(製造番号31)。新製配置はお膝元の大里(門司)だったがまもなく鳥栖に移動、戦後すぐには広島第2に移動して山陽路を走った。その後23年に北海道に渡り旭川、40年代前半に遠軽へと職場を変えつつも生き残り、最後は国鉄蒸機終焉の地・室蘭本線の追分区で迎えた。廃車は51年1月17日であった。 ※配置履歴(略)昭和16鳥栖ー22年広島2ー30年旭川ー45年遠軽ー50年末追分


エピソード

同機の栄光の記録として「お召し列車の牽引」があげられる。昭和29年夏に行われた北海道御巡幸の際、8月12日に石北本線の旭川(東旭川)→遠軽間で同機がその栄誉に浴している。この御巡幸においては道内に限らず多くの蒸気機関車が牽引を担当しており、現在も静態保存されているC5757やD51333、C58106がこの時の担当機である。なお同機を引き継いで遠軽→北見間を担当したのはD51277であり、二日後に釧網本線で牽引したC58のうち62号機の動輪が美幌町に保存されている。
同機の前後の兄弟機も幸運なカマが多く、480番台でいえば481・483・485・486・488・・と5両もの静態保存機がいる。特に483・485の両兄弟はともに小倉工場製造の続き番号である。


※なお同機の動輪は福島県のJR郡山工場内にも保存されている。画像はこちらまたかつてこの動輪は千葉県の新浦安に展示されていた。

※なお郡山工場保存の同機の説明書きには「大宮機関区を振り出しに・・・」とあるが、履歴によれば同機の新製配置は九州の大里区(のちの門司区)であり、その後も東北本線筋の機関区に配置された記録はなく、大「宮」と大「里」を見間違いしたのだと思われる。



リストその2へ リストその3へ リストその4へ 型式・番号順リストへ 保存動輪トップへ トップページへ  
『鉄・街・道』掲示板 管理者へメール