昭和50年3月に駅に向かって右側の場所に設置されたが現在は反対側のこの地に移動している。旧リストでは「不明動輪」としてきましたが機番がD51612と判明しましたのでタイトルを変更しました。ただし説明板での記述であり、動輪自体の刻印は未確認です。以下は以前の文章
不明動輪 長門市駅前
山陰本線の長門市駅前に展示されている動輪。訪問当時は細かいチェックをせず、ただスナップした程度であったのでこの動輪の詳細はわからない。ただ当駅には本州最後となったD51が配置された長門機関区があったのでそれにちなんでのものだと思う。
※製造年月日が「昭和6年」になっているがこれは「昭和16年」の間違いであろう
D51612
昭和16年(1941)3月29日、日立製(製造番号1443)。
新製配置は甲府で、すぐに福井に移り浜松を経て上諏訪、そして昭和40年代に長門へ移動してきた。
その後一時津和野(山口線管理所)にいたが最後は再び長門区に戻り、「本州最後のD51」の一両となり
1975年2月15日に廃車となった。なお同機は一時山口線にいた関係で長野工場式集煙装置を装備していた。同機は信州にいたことがあったがその時には装備しておらず、津和野時代に他機から譲り受けたか広島工場で新たに製造されて取付けされたものであろう。
※主な配置履歴
昭16甲府 17福井 19浜松 22 23 30 32 36 37上諏訪 40長門 41津和野 42山口線管 43津和野 45山口線管 46山口線管 47山口線管 48長門
49長門 50ー2ー15長門にて廃車
エピソード
本州最後のD51
山陰本線最後の蒸機運転区間の無煙化は昭和49年(1974)11月30日であったが、「さよなら運転」の行われた昭和50年(1975)1月15日以降も車籍があり、その後廃車になった長門区のD51は10両(145・214・256・473・581・612・715・720・797・869)おり、そのうち1月12日の広島局主催の列車を牽引したのが612と720(米子区主催のものはD51488+620)であり、さらに廃車後静態保存されたのが720、そして動輪などが保存されたのが現在判明しているだけで214・581・612・715の4両なので、長門区最後のD51はその半数が現在も姿を留めているということになる。
同機の兄弟のうち、ひとつ上の兄機・611号の動輪が新潟県の坂町駅前に保存されている。晩年は羽越路で活躍し、最後は北海道で過ごしたカマであった。