D51715
昭和18年(1943)6月、日立製造(製造番号1679)。当初から山陽路で働き、下関ー小郡区などに在籍、その後東北に移り東北本線を仕事場とする。盛岡区にて「ヨンサントオ」を迎え廃車は免れて再び西日本に戻って来た。最後は山陰本線西部の長門区に在籍し、50年1月まで頑張って廃車となった。
同機の動輪は京都鉄道博物館にも保存されている。画像はこちら
本州最後、つまり山陰本線最後の蒸機運転区間の無煙化は昭和49年(1974)11月30日であったが、「さよなら運転」の行われた昭和50年(1975)1月15日以降も車籍があり、その後廃車になった長門区のD51は10両(145・214・256・473・581・612・715・720・797・869)おり、そのうち1月12日の広島局主催の列車を牽引したのが612と720(米子区主催のものはD51488+620)であり、さらに廃車後静態保存されたのが720、そして動輪などが保存されたのが現在判明しているだけで214・256・581・612・715(2軸)の5両なので、長門区最後のD51はその半数以上が現在も姿を留めているということになる。この715号もその1両である。