最初北九州だけの予定だった今回の撮影行だったが、なんの因果かついに南の端・鹿児島まで行くことになってしまった。夕暮れに向かう肥薩路をC57に揺られ、14:55隼人着。ここから日豊本線に乗り入れて最終地・鹿児島を目指す。初めて見る錦江湾の向こうにそびえる桜島の姿が実に雄大だった。鹿児島に着き、まだ日もあるので隣接の鹿児島機関区を訪問した。
上の画像のC57182は吉松区の所属で電機と一緒に回送も兼ねての運用だったようだ。鹿児島駅にて
扇型庫にはC5772と175は同区のカマ。72は正面形式入りプレートなのだが残念ながら後ろ向きだった
鹿児島区は昭和45年10月の鹿児島電化での大型機(C60・C61)の引退などにより蒸機の姿もかなり減ってはいたが、まだ日豊本線や肥薩線へのC57、指宿枕崎線のC12の本線運用や駅・機関区などでの入換仕業に若干の配属があった。また当然宮崎や吉松のカマもやってくるので初訪問の者にとってはこれでも結構被写体は多く楽しめるところだった。
鹿児島区の主要入換機はこの時期8620からC50へ変わっていて、訪問時は上諏訪から来たC5036と42の2両になっていた。写真にはほとんど写っていないがまだ前任者の48674・48679もどこかにいたかもしれない。(48674は3月25日に廃車になっている)
鹿児島17:26−222レ→西鹿児島17:46
鹿児島区を辞してもう一駅、西鹿児島駅へ言ってみた。駅のスタンプはこちらも西郷さんと桜島をデザインしたものでさすが薩摩のシンボルだな、と思った
鹿児島機関区 配置(72−3−31現在)
C57 ★39・★72・X82・X122・★127・★175・★191 7両
C50 ★36・★42 2両
C12 208・★241・287 3両
B20 ★X10 1両
8620 48679 1両
訪問時、撮影できたC57(★印)は831レを牽いてきたC5739と鹿児島で引き継いだC57182(吉)を含めC5772・112(宮)・127・175・191の7両で、82と122以外は当時の在籍車を撮影することができた。
さて鹿児島機関区での撮影を終え、もう夕暮れとなってしまった。ここまで来たのだから最南端(というイメージの)鹿児島の地を踏んでみたくなり、ひと駅移動して鹿児島駅に行ってみた。特に目的はないのだがこの駅のスタンプが西郷さんの形の変形の「DICCOVER→JAPANタイプ」だったのが良い記念になった。 そしてこの先どうするか…で同行していたファンと相談したのち、なぜか宮崎まで行ってまた考えようということにした。宿も予約してないし全く計画にないことなのだが無茶なことだったと今では思う。「行けばどうにかなるさ」と思いつつ鈍行に揺られ22:39宮崎に着いた。
◇宮崎機関区の一室で夜明かし