国鉄蒸気機関車運行終了から50年

室蘭本線 萩野駅に停車中のC57135(岩一) 1974年3月

国鉄の蒸気機関車が運行を終了したのは旅客列車が昭和50年(1975)12月14日の北海道室蘭本線を走った225列車で、岩見沢第一機関区のC57135が室蘭から岩見沢を牽引した。また貨物列車はその十日後の12月24日に夕張線を追分区のD51241が牽引して終わりを告げました。全体の無煙化が完了したのは翌年の3月に追分機関区の入換作業をしていた9600の3両の引退でした。 その後の大井川鐵道や国鉄山口線などの動態保存運行は別にして、当時の鉄道ファン特に蒸気機関車を追いかけていた人たちにとってこの三つの出来事でいわゆる「SLブーム」の終りを感じたものでした。 当時私は大学生であり、このお別れになんとか参加したいと思ったのですが、日程と主に経済的になんともしがたく、結局ニュースで眺めただけでした


私にとっての「蒸気機関車とのお別れ」はその三ヶ月前の九月でした。当時大学のサークルの合宿が十和田八幡平で、解散場所が八幡平の温泉でした。手元の旅費が底をついていたのですが同僚にわずかなお金を借りて解散後北を目指したのです。東北本線を青森へ、そして青函連絡船で函館へと渡りました

室蘭本線 追分駅で発車待ちのD511120 昭和50年(1975)9月(以下同)

八幡平で皆と別れ大更から盛岡、青森をへて連絡船「「摩周丸」で函館へ。夜行「すずらん4号」で翌朝苫小牧が午前4時45分、そこでさらにDCに乗り継ぎ5時38分に追分に着きました。そこにはあと三ヶ月余りとなった蒸気機関車の現役の姿がありました。追分で最初に出会ったのは下り(室蘭線内では上りの列車番号)824レで、牽引はD511120。すでに道内は二学期が始まっており、いつものように変わらない高校生の通学列車になっていました

824レ 古山を発車
222レ C57135

824レを古山で下車、発車を撮ったあと上りの222レはC57135が牽いてきた。駅へ戻り7時15分発の古山221レで栗山へ向かった

221レ古山到着 D511149

栗山から栗丘へ 最後の撮影

栗山駅7時30分、朝の賑わい いつも通りの風景の中に蒸機があった
列車の去った静かな栗山駅 乗り遅れたのでしょうか
D51483の牽く上り貨物 まだまだ力強い
切り詰めデフ以外はごく標準的なスタイルのD51だ

D51483は滝川区のカマ。九州生まれだが北海道で最後を迎え蒸気機関車最終期まで頑張った一両。現在は長野県の安曇野に静態保存されている。画像はこちら

 下り客223レ C57144
 
みんな訪れた栗丘駅 「くり」が三つ続く駅名標もお馴染み
上り客224レ栗丘到着 C5757(岩一)

車窓より

おそらく私の最後の「SL牽引旅客列車」の乗車になるであろうこの列車からすれ違う蒸気機関車をスナップするのも力が入った。追分機関区や苫小牧の側線、各駅に停車中の列車などすべてが最後の姿として記憶された

入換に励む79616(追)追分機関区
D511116 追分機関区
D51 4

現役D51最若ナンバー機の4号機もあと三ヶ月の働き。走行距離の多さは特筆ものだった。前照灯のツララ切りも健在だ

運炭列車を牽くD51737
苫小牧で給水のため小休止するC5757
12時24分、豪快に煙を吐いて登別駅を発車する客224レ牽引のC5757
13:13頃 下り貨4281レ D51484
14:07頃 下り貨1283レ D51611

そして最終撮影列車へ

15:08頃 上り貨2460レ D51146(岩一)
 

いよいよ私の出会う最後の国鉄蒸気機関車牽引列車の撮影となった。15時8分、上り貨2460レを牽いた岩見沢第一機関区のD51146号が登別駅を発車、別れを惜しむ目の前でドレンと煙を勢いよく吐いて発車していった。これですべてのスケジュールを終えてあとは帰京するだけ。「さよなら蒸気機関車」の思いを胸に‥‥。



おまけ SLさよなら列車前夜

室蘭本線でC57135の牽く「さよなら列車」が走る前日の昭和50年(1975)12月13日の夜、上野駅は騒然としていた。今夜の夜行で北海道へ向かうSLファンが多数集まっていたがダイヤが大幅に乱れていた。発車を知らせる案内板にはほとんどの列車に「運休」の文字‥‥。16時発の「はつかり5号」での最短渡道ルートも不可能になっていた。臨時の「ひばり」で仙台へ向かったのだろうが、その後はどうなったのかわからない

中央改札口上の列車案内板もご覧の通り
16:00発になった「臨時ひばり」を待つファンだろうか

D51146 静態保存の記録

私が最後に出会った現役蒸気機関車であるD51146号は任務を全うした後、いくつかの保存地を移動したあと現在は蒸気機関車「SLもおか」の運行で知られる真岡鐵道の中心駅に隣接した鉄道車両の保存施設「真岡SLキューロク館」の敷地に展示されている。他の車両とともに鉄道資料館の貴重な存在となっている。なお現在は露天ではなく屋根のついた施設に移っている。


D51146 栃木県真岡市 真岡鐵道真岡駅横に保存 2017年1月

紆余曲折を経て安住の地にやってきた 整備も行き届いておりきれいな状態を保つ

説明板 簡易ながらも保存の経緯なども記されている
 
正面と機関士側内部 なじんだ北海道仕様 内部もきれいに整備されている
屋根付きの場所に移った現在 2024年5月

D51146

昭和13年(1938)11月、日本車輛製造(製造番号670)。北海道追分機関区に配属され、道内の機関区を移動しつつも生涯北海道を離れず北の大地で活躍したD51。国鉄蒸気機関車の最終年まで残り、廃止は昭和51年(1976)3月1日、岩見沢第一区。廃車後、静岡県の駿府城内青少年会館に保存されたが施設の閉鎖などにより城北公園に移設。2014年頃に解体の危機にあい、紆余曲折の上、2015年に真岡鐵道に譲渡、真岡駅横のSL館に再移設され大切に保存展示されている。2018年には誕生80年の傘寿を迎えた。


エピソード
146号の兄弟たち

D51146号から150号までの5両は揃って北海道の機関区に新製配置され、道内で生涯を全うした兄弟であった。(その前後の僚機は他地域で活躍)同じ機関区に在籍したり他区でも同じ路線で顔を合わせていたり、移動などで微妙にすれ違っていたりその生き様はいろいろだったがほぼ蒸機最終年近くまで北の大地で働いた仲間であった。だがその中で保存されたのはこの146号だけである。


現役時代のD51146

千歳線で貨物列車を牽引するD51146号。昭和48年(1973)8月

この場所は当時の室蘭本線の有名撮影地、遠浅ー沼ノ端間の千歳線部分(千歳線は植苗ー沼ノ端)で室蘭本線をオーバークロスする鉄橋の上である。この下を室蘭本線が走っている。146号は撮影当時は小樽築港区所属で、このあとすぐ千歳線の無煙化(1973−9)に伴って岩見沢一区に移動した。

岩見沢区に移動後、室蘭本線で運炭列車を牽く146号 昭和50年(1975)2月

国鉄蒸気機関車の本線運用最後の年、あとひと頑張りを見せる146号 昭和50年(1975)9月 室蘭本線登別駅付近


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