旧博多駅の跡地である公園に『九州鉄道発祥の地』の記念碑とともにモニュメント風に展示されている。輪軸は途中で切断され、碑を鋏むように若干軌間を広げたような感じとなっている。
線路はなく地面?に溝を付けて車輪が収まっている珍しいかたちでの展示。なおこの動輪は第3動輪である。
C6118
昭和24年(1949)6月19日、三菱重工業改造(製造番号657 )種車はD51874。新製後は尾久に配置され東北線を中心に活躍する。昭和46年秋の奥羽電化で青森区を最後に引退と思われたが、会計検査院の勧告などによって寿命を延ばし、南国宮崎へ僚機5両(2・19・20・24・28)とともに転属、日豊本線延岡〜南宮崎を中心に働き、同族の中では2号機(梅小路機関車館で動態保存)以外もっとも遅くまで現役を保ち、昭和50年1月17日に廃車となった。廃車後は保存を前提に保管されていたが結局引き取り手は決まらず個人の保管を経て解体、しかしながら愛好団体の手によって前頭部などの一部は保存され、動輪もこういった形で生き長らえる事になった。
エピソード
最後の同僚のうち2号は御存知梅小路、19号が鹿児島県国分市に、20号が群馬県伊勢崎市にそれぞれ静態保存されている。
その後20号機はJR東日本によって動態復活し、高崎を中心に各方面で活躍中。