都電 こんなところに その1

27系統として最後の活躍をしていた頃の7500型 昭和46年(1971)荒川車庫前にて

現在は「荒川線」のみが走る現在の東京都電。本格的な路線は今から約40数年前の昭和47年(1972)11月に下町中心の5路線の廃止によって消えてしまいました。架線柱や敷石などの都電の遺構ももうほとんど見られなくなってしまいましたが、かつての都電の姿を描いたものは今でも街中、あるいは「昭和レトロ」をイメージした雑誌の広告やイラスト、看板の中の絵などに発見することができます。それだけ多くの人々に都電が愛され、また交通手段としてのイメージとして今でも記憶の中に定着していることの証なのでしょう。そんな街角や本などで見かけた「都電」の姿をいくつかピックアップしてみました。


38系統 門前下町行

下町の都電 夕景

まず最初は数年前に雑誌で見かけた「下町の夕景と都電」のイラストです。東京都遊戯業協同組合のパチンコのイメージ広告ですが、下町と思われるある電停の風景が夕焼けの中に描かれているちょっと郷愁を抱かせるものです。この風景はどのあたりをモデルに描かれたのでしょうか?もちろんあくまで架空の物なので細かいところは微妙に異なっていますが、昭和47年まで走っていた江東区南砂のあたりを連想させます。

 
拡大してみると… 右はモデルになったと思われる「南砂二丁目」電停

電停の都電(8000形か)は「38」の系統版(36にも見えるが)を付けているところから、昭和47年(1972)11月に最後の廃止となった38系統の電車で、また「南下町二丁目」という架空の電停に一番イメージが似ているのは都電28・38系統が晩年に走っていたちょうど下町の専用軌道に入るところにあった「南砂二丁目」ではないでしょうか。またイラストの都電の行き先は「門前下町」行となっていますが、この電車は後部をとらえたものであり、この位置とピューゲルの方向からすると実際なら「錦糸堀車庫」方面行になりますね。また学生服の男の子が乗車?しようとしている扉はこの車両では手前にありますが8000型では反対側のドアは中程にあるはずですので、この位置に扉はく乗り降りはできないはずです。電車の方向に関しては右の実際の画像とアングルやカーブの状態からして門前仲(下)町方向へ向う電車という見方も可能ですね。このへんはわかりません。

昭和47年11月、最後を走る38系統「門前仲町」行の8000形8068

ところでなぜこのイラストの作者は都電の題材に8000形を選んだのでしょう? 普通イメージとしては6000形に代表されるスタイルがなつかしの都電スタイルが普通です。無論この南砂町を想像させる38系統には最後まで8000形も走っていました。これは作者の思い入れというより、たまたまモデルとした画像か資料が8000形の写真ではなかったのかと思えます。

参考 ※下町の足として走っていた8000形の画像(大島あたり)広告イメージの元が想像される「南砂二丁目」電停

交通センサス広告の中の7500形

 
都電らしき電車が描かれた「大都市交通センサス」の案内ポスター

この画像は今から四年前の平成22年(2012)の秋に行われた交通量などの調査「大都市交通センサス」のお知らせポスターのもので、これは東京地下鉄に貼られていたものです。(他地域には別のデザインのものがあったかは不明ですが)いくつかの交通車両が描かれていますが、この左端に都電らしき車両のイラストが描かれていました。拡大してみると塗装は車体の様子から当時の都電荒川線を走っていた7500形に近い様な感じがします。扉の位置や窓の数などは若干ずれがありますがおおむねデザインとしてはあっているようです。真横なので前照灯が一個にも見え、一瞬8000形にもみえますが、荒川線を範に取ったならばやはり7500形とするべきでしょうか。


巣鴨の電車は極楽行?

賑やかな巣鴨地蔵通りの看板に都電の姿が

有名な巣鴨の地蔵通り商店街の入口付近にある案内板にも都電の姿が・・・。賑やかな人たちが集う地蔵通りにある「巣鴨」電停に停車した都電7505号の姿といったところでしょう。現実の巣鴨周辺の都電は国道上にかつては18系統や41系統などが走っていて、18系統などには「巣鴨駅」の停留所がありました。荒川線だけになってしまってからは地蔵通りの巣鴨側には線路はありませんが、通りを抜ければ都電荒川線の新庚申塚電停があるので以前巣鴨も都電になじみのある街なのです。

拡大すると…運転士さんは天使に

さてこの電車、きちんと「7505」と番号も入っているのですが、塗装は初期の(他路線健在の頃の)もののようです。だが「ワンマン」表示があるのでこのへんはご愛嬌でしょうか。扉の位置もちょっと違うようですが、それより行き先が「楽園」で運転士さんの背中に羽根があるので「天使」なのでしょう。お年寄りの原宿ゆえのユーモアでしょうが、「極楽行きの都電」として親しまれているのだと好意的に解釈しておきます。


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